【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第6話:一大事

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ある日の事。
それはいつも通りの平穏な一日が終わりかける夕暮れ時に起こった。
「あれ?タタラ先生がいない…シスターなんでー?」
「明日の朝食の買い出しに行っていただいているのですよ」
「そうなんだっ!」
輝夜の言葉にいつも通りの笑顔を向けるシスター。輝夜は納得するとそそくさと自分の部屋に戻っていった。
 暫くして、シスターの元に全身を金や銀の装飾品で飾り、長い髭を生やした男が到着した。名前をパメルス、国一番と名高い海の大商人である。
「パメルスさん、いつもご多忙の中ありがとうございます」
「いえいえ。可愛い子どもたちのための物資支援なら、喜んでこのパメルス商会がお受けいたしましょう。…しかしですね、今年はどうもどの物資も不況でして…幾分か値上がりしているのですよ…」
「あらまぁ…なんてこと…それではいつも通りの物資はご支援いただけないのでしょうか…」
パメルスは無言で目を伏せて申し訳なさそうにする。
「そうですか…それは…困りましたね…」
「…何とか出来そうなのですが、それには条件がありまして…」
と、パメルスはシスターに近づき耳打ちをする。そこでパメルスから言葉を聞くとシスターは顔を真っ青にし、口元を手で覆うと両膝をついて激しく動揺し始めた。
「それは…出来ません…」
「そうですか…。いやしかし…そうでないと困りますよね?ここは心を鬼にして子どもたちのために。栄えある未来の為に、どうか。」
「ですが…」
シスターの手が震えはじめる。パメルスは追い打ちをかけるように言葉を投げかけるがシスターは一向に首を縦に振ろうとはしない。
「そう…ですか。では返事を明日の夕暮れ時まで待ちましょう。承諾していただかなければ、今後パメルス商会は孤児院への物資の寄付を停止させていただきますので…どうかご容赦を」
 用件だけを済ませるとパメルスは帽子を深く被り、踵を返して去って行った。
去るパメルスと入れ替わりでタタラがたくさんのコッペパンと野菜を両手の袋に携えて帰ってきた。
両膝をついて硬直しているシスターを見て、タタラは袋を置いて慌てて駆け寄った。
「シスター…!どこか具合でも!?それともあのパメルスに何かされたのですか!?」
「い、いえ…そんな事は…。ですが―――」
シスターはパメルスに耳打ちされた事を事細かな説明にタタラも絶句した。
「そんなっ!そんなのあんまりだ…それは脅迫ではありませんか!」
クソッ、とタタラは拳を地面に打ち付ける。その様子を見たギルバートとリリエルが二人に近寄ってくる。
「先生?シスター?どうしたの?」
「…いや、僕もシスターもちょっと転んじゃっただけだよ。心配してくれてありがとうね、リリエル、ギルバート」
リリエルの問いかけに、タタラはいつも通りの優しい笑顔を向ける。
「…先生。今嘘ついただろ」
ギルバートの言葉に目を見開くタタラ。
「やだなぁ…僕は嘘なんかついていないよ。なんで嘘をついている、って思ったんだい?」
「先生は人と話す時、目を見て話す。自分がどんな体勢でも。だけど、ただ転んだだけなのに、俺たちに目を合わせないじゃん!」
ギルバートは今年で12歳、リリエルも11歳と物心つきはじめた頃だが、妙に直感が鋭い。
 嘘が得意じゃない僕も相まってだろうなー。
タタラは心の中で苦笑するとゆっくりと立ち上がり、息を整えた。
「ギルバート。リリエル。君たちの心に免じて真実を話す。けれど一つだけ約束してほしい。―――この事は他の誰にも言っちゃダメだからね。言ったら絶対に悪い事が起こる」
いつものんびりしているタタラの目はいつになく真剣だ。その雰囲気にギルバートもリリエルも緊張の糸が張り詰める。
「シスターの元に、孤児院のご飯を持ってきてくれる人がやってきたんだ。その人はシスターに酷い事を言った」
「そ、その酷い事ってな…何?」
そこまで言っておいてタタラはここで躊躇した。
―――無垢な子どもたちに大人の汚いやり取りを打ち明けるわけにはいかない
―――今後のために話しておくべきだろうか
と言った複数の思念による葛藤によってタタラは二人にバレないように歯ぎしりした。自分一人でどうにか出来る問題ではないのが事実。
だとすれば、言ってしまうべきだと。
「…孤児院のご飯の値段が上がったから、これからご飯を持ってきてほしいなら子どもを一人、自分のところへ連れてこい。ってね」
「え…なんで私たち子どもなの…?」
リリエルの質問はもっともだ。第一、パメルスの《《そんな噂》》は何一つ聞かない。人柄もよく、町の人と昼間から酒を飲みながら談話しているのをよく見る。
 確かに服を飾っている装飾品の数々は貴族さながら。黒い髭を長く伸ばし、時には葉巻を咥えている。それだけ見ればただの海賊なのだが…。人から奪う存在の海賊が果たしてこんな孤児院に物資を支援してくれるのか。いや、そんなはずはない。
 タタラはリリエルとギルバートを差し置いて顎に手を当てて考え込み始めた。

―――海の大商人とも称えられているパメルス・ルートリッヒ。
身に着けている装飾品の数々から儲けが大きいと見る。
加えて、利益のない孤児院への食糧の寄付。
一介の商人であるなら、地域絡みの一環としてあり得ない話ではない。
ただ金が有り余っているのなら更なる商業の拡大などにも使えるはず。
それをしないのは現状で満足しているからなのか。
それはきっと違う。
食糧の値上がり程度で寄付の量を減らす事はあっても寄付自体を絶つ事はない。
ここでタタラは一つ、ふとした疑問が浮かび上がった。

「タタラ先生ってば!私たちの話聞いてるのー!?」
「あぁ…ごめんごめん。ボーっとしてたよ」
ぷんすこと怒るリリエルに対してタタラが苦笑しながら頭を優しく撫でると、すぐにご満悦になったようで恍惚の表情を浮かべる。
「…ところでシスター。パメルスがこの孤児院に物資の寄付をしてくれるようになったのはいつ頃ですか?」
「えーっと…確か3年前くらいでしょうか…」
「タ、タタラ先生どこ行くの!?」
その言葉を聞くとタタラは血相を変えてパメルス商会のある港へと走って行く。
間違いない。パメルスの狙いは―――――。

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