【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第20話:イシュバリアの魔女

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拍手喝采は鳴り止まない。一般騎士団や取り残された国民がタタラたちを称えている。
 その中心でタタラの聖魔《ホワイトグリモワール》の光によって狂戦士と化していたユクトワールは元の姿を取り戻し仰向けで倒れていた。
「いやぁ~…疲れたぁ…久々に大規模魔術は堪えるなぁ…」
 タタラは地面へ降りるなり苦笑してメイスと盾を消し去り、腰に手を当てる。
「ソレ使う度に思うのだけど、聖騎士の私を差し置いて聖属性の魔術、しかも古代魔術《エンシェントマジック》なんて…頭おかしいんじゃないの」
 ルミリアはジト―ッとした目をタタラへ向けてくる。
「ルミリアの有幻魔術も素敵だと思うよ~?俺を惑わせて昨夜もあんなことやこんな事を痛ッ!?」
 タタラが苦笑しながらルミリアに冗談を言おうとした途端、ルミリアは有幻覚で創り出したハリセンをタタラの脳天へと振りぬき、非常に気持ちのいい音がその場に響く。
「それはそうと死んでないでしょうね」
「大丈夫でしょ…なんだかんだこの子、王下騎士団長なんだし。ま、私の美学の前では誰もが霞むけどねッ!」
「モンバットの顔が濃いだけだからね!?」
 4人が談笑しているとその場にギルバート、輝夜、リリエル、オスロットが慌てて走ってやってきた。
「タタラ先生ッなんだ今の!あんなに凄いの知ってるなら教えてくれたっていいじゃん!ずりぃぜ!」
「こらこら…ここは危ないんだから大人と逃げるべきでしょ…」
 久しぶりに子どもたちの顔を見て口元が綻ぶタタラ。
 その中でリリエルはルミリアを見つめる。
「…シスター?」
「えっ!?シスターなの!?」
 リリエルの問いかけに隣にいるオスロットは驚きの声を上げる。
「…えぇ。そうよ。今まで隠していてごめんなさいね?」
「ううんっ、それよりも凄いよ!先生とシスターたちが前の国王様の王下騎士団だったなんて!」
 輝夜はモンバットを見つめて笑みを浮かべる。
「モンバットさんも騎士さんだったんだ」
「えぇそうよぉ…タタラちゃんたちがいなくなった後すぐに現役は引退したけどね。ケガはないかしら?」
「うん、モンバットさんたちのおかげで…。ぁ…でも…逃げ遅れた人たちは…し…死んじゃった…」
 俯きすすり泣きする輝夜をモンバットは大きな手で優しく抱擁する。
「大丈夫よ…。誰も貴女を責めたりはしないわぁ…って…どうしたのタタラちゃん」
 モンバットが言葉を続けようとした瞬間、タタラが顔を強張らせ上空を見る。
「事の責はその狐の娘にあると思うのだが…はて、違ったか。いや、間違いはないだろう? なぁ、人の子たちよ」
その姿を見るなり、タタラは拳を握り締める。
「イシュバリアの魔女…ローゼン・アルブレヒト…やはり狂化をかけたのはお前か」
「如何にも。しかし狂化を施すように言ったのはお前たちの王であるぞ?」
「嘘をつけ…! お前がただの島国の王の願いを聞くとは思えない!《《また》》取引をしただろう!」
 魔女ローゼンは手に持つ杖を手放し、やれやれと言った様子で目を伏せ首を傾げる。手放した杖はその場に浮き、ローゼンの周りをゆったりとまわり始める。
 ローゼンは頭を覆っているフードを脱ぐと、肌理《きめ》細やかな純白の髪が海風に靡《なび》く。
「随分と知った口を…んん?お前の顔はどこかで見覚えがある。…は。懐かしい顔だ。この襤褸切れのようなローブ姿から私の名前を見抜くとはどんな凄腕の術師かと思えばお前か。通りで現アルスレッド王が脅威と言わんばかりに、王下騎士団の狂戦士化を伝言してきたはずだ。…昔の好《よしみ》で話を戻すとしよう。取引と言ったな? そもそもアルスレッド王は取引をする前に快諾してくれたのだ。屈強なる戦士20人以上を私の実験台《おもちゃ》として派遣するとな。もちろん、最悪の場合は古代呪文で私の力を欲せとも言った。その結果があの50もの狂戦士たちだ。王下騎士である彼らにとっては栄光ある死、私にとっては悦を満たす道具であり、王にとっては欲するものを手に入れるための過程と言えよう。正確には王だけではなく、王族、貴族、商人同盟のほとんどがその娘のために投資している。それを踏まえてどうだ、人の子らよ。
――――この国に降りかかった災厄がその狐の娘の責と咎めるのが果たして悪か?
責任はその娘の存在にある! 私はあくまで自分の悦を満たすためだけに動いただけの事。お前たち人の子が趣味を満喫するのと同じ―――」
 途端、ローゼンの体の半分が炎の槍に貫かれ燃え盛り始めた。
 しかし、ローゼンの燃えている半身が炎を纏った無数の鳥となって彼女の周りを飛び始める。
「手荒い挨拶だな、タタラ。私はこんなにもお前に興味を持ってやっているというのに…。何年ぶりかも忘れるほどの歳月が経ってなおこの巡り合わせなのだ。お前と私は恐らく運命の赤い糸に結ばれている―――」
 残った半身の内、右下半身が雷の槍で焼き斬られるとその肉体は雷を纏ったまま蛇となり、宙へ浮いている。
 その変貌に子どもたちはもちろんの事、モンバット、ルミリア、メローナまでもが目を見開く。
 タタラは魔力から風の槍を形成し、次の投擲の準備に入っている。
「それ以上はやめておく事を勧める。なんといってもお前の強大な魔力にカタチを与えたのだ。それがお前の同胞…ましてや子どもに襲い掛かってみろ。お前が一番望まない展開になると宣言しよう。もちろん、私は《《先を見ているから》》何が起こるかなど容易に予想がつく。しかしそれをしないのは我が悦を満たすため。余計な一言を言うならば、未来に語り継がれる物語は面白いものが良いに決まっている。その物語の読者は恐らくお前たちの判断を待つ間、胸を高鳴らせる事だろう。加えて、勝てるはずがないと感じながらも牙を剥くその姿、《《また》》怖い思いをさせてやりたいと私の心が叫んでいる。嘘だ、叫んではいない。小言のように呟いた程度だ。さて、かなり尺は稼いでやったのだ…お前たちの答えを聞こう」
 右上半身のみでローゼンは語り、同時にタタラたちの出方を伺った。されど、戦う意志も見られなければ逃げる気配もない。ふと気を抜いた瞬間、ローゼンの頬骨に鉄拳が突き刺さり、瓦礫の中へと叩き付けられる。
「これはこれは驚いた、私の反応を超える速度で…ッ!」
 ローゼンが瓦礫をかき分け浮上してきた瞬間、メローナの短剣がローゼンの首へと迫る。間一髪で避けるがモンバットのラリアットによって再び別の瓦礫へと飛ばされる。
「一体何が起こ―――」
 ―――ったのか。ローゼンは理解が出来なかった。彼女は確かに先を何千通りと予測していた。されど虚を突かれた上に、口を開く余裕すら与えられない。
間髪入れずに建物の影から無数の影の糸が伸び、ローゼンを縛る。メローナの術、影縛りである。
「肉体魔術《ボディマジック》 一点集中《ワンポイントブロー》!」
 身動きの取れないローゼンの前頭骨へモンバットの魔力を纏わせた拳の一打が轟く。
 鈍い音と共に返り血と肉片がモンバットの顔へと付着する。
「君が吸収した僕の魔術を全て解除させてもらったよ…君が幻影を見ている内にね」
 わずか10秒の間に連携からの必殺の一撃を叩き込んだ4人が動かなくなったローゼンを見下ろす。
「あなたも大層な術師なんだろうけど、ウチの幻術師のほうが一枚上手って事ね」
「何よりタタラ様と知り合いな風にして私を動揺させようなんてそうはいきませんよ―――タタラ様に恋い焦がれるのは私だけで良いのでぇ…ふふ」
「…本性出てるわよ。…それにしてもイシュバリアの魔女の伝説はデマだったようね。こんなにも呆気ないなら伝説なんかにならないもの」
「君の敗因は僕たちをナメ過ぎた事。王下騎士団に憧れる少年を前に負けるなんてみっともない事はしたくないからね」
 国民の避難を終えたばかりの一般騎士団たちは、その場に立ち尽くしていた兵士たちと共に喝采の声を上げる。
 踵を返したタタラたちは微笑み、笑顔で子どもたちへ手を振る。

―――そしてそのまま、背中から地面へ崩れ落ちた。

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