【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第21話:魔女VS元王下騎士団

【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第21話:魔女VS元王下騎士団

前のお話

【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第21話:魔女VS元王下騎士団

「タタラ先生!起きてよ!どうしたんだよ!」
「ギル落ち着いて…先生たちも人間だから疲れたんだよ…」
 そ、そうだよな、と口籠りながらギルバートは瓦礫の中から枕をかき集めてくると汚れていない箇所を4人の後頭部の下に敷いた。
「休むならしっかりと休んでもらわねぇとな」
「ギルバート…君って優しいんだね、意外と」
「俺たちを守ってくれた騎士たちに労いをしないとダメだろ常識的に!意外とは余計だ!」
 オスロットの苦笑に顔を赤くして声を荒げるギルバート。
 その光景に輝夜とリリエルは二人を見守るように微笑んだ。
 瞬刻。周りの景色にヒビが入り、割れた。
 途端に子どもたちの笑顔が驚愕と戦慄の表情へと変わる。
「だから言った。先が見えると。確かに今の連携は私に致命打を与えるのに最も効果的で刹那的な連携攻撃だった。何千通りと予測した中でも指折りの策だ、褒めてやろう。ほら、折角お前たちの批評をしてやろうと言うのだ。気絶してないで起きないか」
 空間が割れた瞬間に喝采の声を上げていた兵士たちは倒れている死体に変わり、倒壊を免れた建物は全て崩れていく。
 そして瓦礫の中から頭が潰れている死体が浮かび上がり、バラバラになっていた体が一体化し、周りに突然バーベナの花びらが舞い始め、ベールとなったと思えば、すぐ様に散ると何事もなかったかのように平然と宙に浮いている魔女ローゼンの姿があった。
 ローゼンの言葉と共に上空から多量の水が滝壺に降ってくるが如く、その場を飲み込み、子どもたちが300mほど流されたところで水流が消え、4人の騎士は肺に水が入ったところで目を覚まし、噎せている。
「術師の頂点に立つ私に術で対抗としようとしたのは愚かであったな。立ち向かってきたのは褒めてやる。しかし、身の程を弁えろ。お前たち程度では私一人にすら及ばない」
 息を落ち着かせタタラたちは立ち上がる。
 その顔に僅かに見える焦りをローゼンは嘲笑する。
「私の恐ろしさを感じてくれて何よりだ」
「ふざけるんじゃないわよ…たかだか術師として有能だからって!」
「モンバットやめ―――」
 モンバットは即座に魔術により膂力全てを限界まで引き上げ、ローゼンの目前まで跳躍し、正拳突きを放つ。
 タタラの制止の声虚しく、モンバットの拳はローゼンの眉間に直撃する寸前でピタリと止まる。否、モンバットの全ての関節に蜘蛛の糸が何重にも絡みつく。モンバット上空には既に巨大蜘蛛が召喚されていた。蜘蛛は更にモンバットの口を糸で覆い、やがては体全体を繭に包んでしまった。
「その蜘蛛は空に巣くう特殊性癖なやつでな。強風が吹き荒れる場所でも微動だにしない巣を作る。詰まるところそれだけ粘着性があって強固な糸であるからして…。いや、みなまでいう必要はないな。しかし術師として有能だから、とそう羨望の眼差しを向けるでないぞ拳闘士《モンク》」
「モンバットを放―――えッ!?」
 町の灯りによってローゼンを覆うモンバットの影から短剣を突きつけるメローナ。
 しかし彼女の短剣も途中で止められ、影に首を縛られて死の恐怖がメローナを襲う。
「お前だけの専売特許とでも思ったか―――お前もだ」
 地面から巨大な蔦を生やし、メローナに意識が集中しているローゼンを狙うはルミリアの有幻覚。その蔦は即座に燃え、灰と消える。ルミリアはただただ信じられないと息を呑む。
 その瞬間、ルミリアは自分の足元から生えた蔦によって締め上げられ悲鳴を上げる。
「お前の騎士団もこの程度よ。お前自身が弱いのだから…寄って集る仲間とやらも吹けば飛んでいくゴミに過ぎない。…で、いつになったら本気を出すんだ? タタラ…私相手に渋っていては《《また》》見殺しにするだけだぞ。いいのか?…ん?なんだその体勢は…」
 ローゼンの問いかけに、タタラは両膝をつき頭を深く下げる。
「…自分で制御出来ない本気なんて実力じゃない。この国で行使したら滅ぶ可能性が高い。僕は同胞と子どもたちを、町の人たちを傷つけるわけにはいかない…魔女ローゼン…君の力量は十分知っていたはずだ。けれど自分の力を奢っていた。君には僕の全力でさえも勝てない。―――僕の事はおもちゃにするなり何なりしてくれても構わない…ッ! 同胞と子どもたちを…この国の事は滅ぼさないでくれ…この通りだ…!」
 ローゼンは顎に手を当て、ふむ、と目を伏せる。ローゼンの周りを浮遊する杖が槍へ変貌すると子どもたちのほうへと放たれる。
「タタラ先生…!?」
 標的は輝夜だった。子どもたちから数メートル前でタタラは己が体を以って槍を止めようと子どもたちの前に出る。
 槍の速度は思ったよりも速く、槍が背中に突き刺さるなりタタラの体をも貫かんとする。
 心臓から僅かに逸らしているものの、肉を抉られる感覚は今にでも気を失ってしまいそうなほど。
 槍が貫通しきらないようタタラは両手で槍を握る。槍の勢いは止まらない。
 手の皮は破れ、血が槍へ滴り落ちる。
 意識が飛びそうになるところで雄叫びを上げて体中を奮い立たせ脚が地から浮かないように脚へ魔力を纏わせる。
 そうして輝夜の顔まであと数㎝のところで槍は止まった。
「…大丈夫かい…カグヤ」
 輝夜は半分放心した様子でコクリと頷くが今にも泣き出しそうな状態。
「先生は強いからね、このくらいへっちゃらさ。だから泣かないで、大丈夫だから」
 その姿が輝夜の母、神侑と重なる。
「嫌…」
 輝夜は首を振り頭を抱え…号哭し、震える。しかし輝夜の体は震えてなどいない。
 大地が小刻みに震えている。これは地震か、それとも激戦に次ぐ激戦に大地が耐えられず起きる部分的な地割れの予兆か。そうであるなら何故今なのか。
 その《《予兆》》にはタタラとローゼンだけが気づき、咄嗟に輝夜のほうを向く。
「バカな…あの娘が…」
「―――妖霊威圧《ようれいいあつ》!」
 タタラがその名を呟いた瞬間、震えが止まり、空気を震撼させる波動が輝夜を中心とする半径300mの空間へ伝う。
 誰もが瞬きをする暇すらなく、タタラが輝夜のでこに手を添え、気絶させる事でピタリと波動が止む。
 そしてどさ、っと何かが落ちる音。
 同時にタタラ以外の騎士3人の拘束が解け、モンバットとルミリアはその場に両膝をつき、必死に酸素を取り込んでいる。メローナはかなり首を締められたせいか気を失っている。
 死んでいたはずの騎士は霧と消え、空間が歪むと歓声を上げる騎士たちが再び現れた。周りの人間が死んでいるという絶望的な風景はローゼンの幻術だった。
 一同が音のほうへ振り返ると魔女ローゼンがうつ伏せに倒れた状態から胸を押さえながら片膝をついているのが目に入った。
「…ハハッ…素晴らしい…幼い身でこの妖霊威圧…300年生きてきてこれほどの逸材に出会った事はない…くっ」
 ローゼンの手足は震え、なかなか立てないでいる。
 その隙に、タタラは息を整えたモンバットの手を借りて槍を引き抜いてもらうと遅れて寄ってきたルミリアと共に治癒魔術で穿たれた穴を止血する。
 海風が入りこむ度に激痛が走るが、隙を見せるわけにはいかない。
「ルミリア…疲れているところすまないけど…痛覚も一時的に惑わせてくれないかな…今にも気を失いそうなんだ…」
「…無茶しないでよ…バカじゃないの…」
 ごめんごめん、と必死に笑顔を作るタタラにルミリアもそれ以上は何も言わずに抉られた肉体を有幻覚で創り出し、内部の神経を繋ぎ、正常であると脳に勘違いするように施す。これにより結果的に本来起こりうる激痛を一時的に無くす事に成功した。
 モンバットもメローナを呼びかけると彼女は即座に起き上がり、短剣を構えるがモンバットに事の詳細を教えられるとしょんぼりした様子で短剣を懐に仕舞い、尻尾を丸めて座り込んだ。
「…ローゼン」
 ルミリアの術を受けて動けるようになったタタラはローゼンの元へ近づき、片膝をつくと手を差し伸べる。
「タタラ!?」
 ルミリアは驚愕する。敵であるはずの相手に手を差し伸べるのは何故なのだと。
「…つくづく甘いな…お前は」
「勝負は僕の負けでいいよ。でも今は勝負どうこう言っていられる状況じゃなくなった。そうだろ?」
 皮肉を言いながらもタタラの手を握り、ゆったりと起き上がるとタタラはそっと彼女をおんぶする。
「その魔女は私たちや子どもたち…それにこの国にこれだけの被害をもたらしたっていうのに…貴方はバカなの!?ねぇ、タタラちゃん!」
 モンバットは怒りを必死に堪えている顔でタタラへと訴えかける。
「ごめん。僕はローゼンに本気で戦えなかった。全部意図的に急所を外したし、相性の良い攻撃もしなかった。失望してくれていいよ…それでも…やっぱり…殺せないや…」
 タタラはそれだけ口にすると目を閉じ、下唇を噛むと3人から少し離れた場所へローゼンをゆっくりと降ろした。
「なん―――!?」
 モンバットはそれ以上の言及を止め、喉元まで来ていた怒りをグッと飲み込んだ。
 隣から言及しようとしたメローナの口を押さえ、頷く事で察させた。
「…先生…見損なったぞ…モンバットさんやシスターやメローナの姉ちゃんのほうが何千倍もカッコ良かったぜ…」
 まだ震えが残っているギルバートが歩いてくるとタタラの鳩尾に頭突きを入れる。
 タタラはグラッと揺らめき地面へ倒れ、鳩尾を押さえてギルバートへ顔を向ける。
「…やめなさい。ギルバート」
「シスターなんでだよ!シスターだっておかしいって思ってるだろ!?国を滅ぼそうとした悪いやつを助けるなんて頭おかしいって!…なのになんでシスターは…そんな悲しい顔してんだよ…なんでだよ…俺が悪いのかよぉッ!…くそ…男は泣いたら…ダメなのに…ひっぐッ…止まらねぇ…」
 シスターであるルミリアは静かにギルバートを抱きしめる。次第にギルバートの威勢が収まるとその内側から一気に涙が溢れだした。
「いいのよ、ギルバート。怖いって思う事は悪い事じゃない。貴方はこの場から逃げなかった。それだけで十分勇気のある人なんだから…ね」
「わ、私だってあのくらい安心させられるし…」
 メローナが顔を上げるなり、唇を尖らせる。視線はルミリアの豊満な胸にいっている。
「喋ったかと思ったらいきなり何張り合ってるのよ貴女は…。安心しなさい、母性も二つの山も雲泥の差よ」
 モンバットのハッキリとした一言にメローナは毛を逆立てモンバットを威嚇し始める。
 それをよそにタタラはゆったりと立ち上がり、ローゼンに手を伸ばす。
「ローゼン。落ち着いたかい?」
「…ああ。お前のお人よしも人並み程度に落ち着いてくれれば尚良しなんだがな」
 ローゼンは目を細めながらも手を取り立ち上がる。
「…子どもたちには気の遠い話になるから眠らせてくれるかな」
 タタラの配慮に、ローゼンは鼻で笑うと指を鳴らす。
途端にギルバートはルミリアの胸の中で眠りについた。
「他の子どもはあの狐っ娘の妖霊威圧で気絶している。気絶で済んでよかったものだ」
 ほんとにね、とタタラは相槌を打ち、神妙な面持ちで少し目を細める。
「それでその【妖霊威圧】っていうのは何なのかしら」
 モンバットは単刀直入にソレについて尋ねる。
 ルミリアはギルバートを息子のように柔らかな表情で頭を撫でている。
 メローナもようやく落ち着いたようで立ち上がるとモンバットと同じ疑問を持っていたらしく聞く耳を立てている。
 ローゼンが一歩前に出ると腰に手を当て口を開く。指で輪っかを作りながら。
「ふふ、妖霊威圧《これ》の話は高くつくぞ…?」
 300年生きているとされるイシュバリアの魔女による話が始まったのだった―――。

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