【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第27話:旅の始まり 前編

【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第27話:旅の始まり 前編

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【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第27話:旅の始まり 前編

【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第27話:旅の始まり 前編

 ローゼンとタタラが書斎から出てきてすぐにソロモンが曇った表情を残したまま重い足取りで戻ってきた。そのまま何かを言いかけた瞬間、タタラは彼の目の前に手を広げる。
「大丈夫。君の腕を以ってしても軍神の堅物な心を溶かすことは叶わなかった。そういう顔だね? もちろん、魔術王が僕の頼みに手を抜くとは思ってもいないし、全力を出してダメだったなら仕方ない。ありがとう、ソロモン。君は最高の側近だ。だから謝ったら許さないよ」
 ソロモンの目の前に広げた手でそのまま彼の肩をポンポンと優しく叩く。
「…ありがとうございます…時間がかかっても軍神への説得は続けてみせますので…どうかお待ちくださいませ…タタラ様、魔女様…」
 ソロモンは深々と頭を下げて、歳に似合わない悔し涙を袖で拭う。
「ところでソロモン。君は人を惑わす類の術は得意かな。幻を見せる芸当なんだけど」
 タタラの言葉にソロモンはハッとなり、また出てきそうな涙を堪えるとタタラへと顔を上げる。
「イシュバリアの魔女様には遠く及びませんが…魔術王の名に恥じぬ程度の幻術は究めております」
 ソロモンの言葉にタタラはニヤリとするとソロモンの肩に置いていた手を離し、ミレハの部屋に行き、彼女にワイン色の町娘衣装をプレゼントする。
 それとおよそ同時期にローゼンは指を鳴らし、一瞬で豪華絢爛なドレスから修道女を思わせる黒いローブに身を包んだ。
 タタラがミレハを連れてきて3人が玄関に立つまでの間、魔術王ともあろうソロモンはその様子を唖然として立ち尽くして見ていた。
「じゃ。上手く誤魔化しておいてくれ。セクバニア全土を旅行してくるから」
「おおおおお待ちください!?いくら服を変えようとタタラ様の姿と魔女様の雰囲気は隠れるものではございません!特に娘様なんて見られた日には貴族と思われても不思議ではありません。えぇありませんとも」
「そう言うな、魔術王殿。この私がいるからにはタタラも娘のミレハも、この私でさえ普通の旅人に見える」
 いや、ですから。と説明をしなおそうとした時、ソロモンは口を開けたままローゼンの言葉の真意を納得した。
「…見事です。私にすらわからないほどの結界ですか」
「さすがは魔術王。私の次に偉いな。その通り、この結界は我らをどこにでもいそうな旅人に見えるように我々一人一人の体の表面に展開されている。人に気づかれる結界など、素人もいいところだからな。任せておけ。なぁに、ヘマをするつもりはないし、何か異常が起きたら即座に戻ってくる。それでよいだろう?魔術王ソロモン」
 ローゼンの自信満々の声に返す言葉も浮かばずかつ、不満にも思わずソロモンは片膝をつき深々と頭を下げる。
「ではくれぐれもお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「お爺ちゃんもお体気をつけてね?」
 ミレハがしゃがみ込んでソロモンの顔を覗くように見やりながら飛びっきりの笑顔を振りまいた。
「こんな老人にこの上ない慈愛の言葉…痛み入ります」
 ばいばーい、と手を振るミレハはタタラとローゼンと共に踵を返し、玄関を後にする。
 閑散とした空間でソロモンは玄関を暫く見つめていた。
「さて…私《《たち》》も仕事を進める事にしましょう…」
 ソロモンが向いた部屋の扉が軋みながら開いたと思えば、中から白銀の鎧を纏った騎士が出てきた。
「私は何をすればいいのだ。魔術王」
「タタラ様がいない時と同じように振舞ってください。それから―――――」
 白銀の騎士はソロモンに頷くと、王の城から突如姿を消したのであった。

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