【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第28話:旅の始まり 後編

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【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第28話:旅の始まり 後編

【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第28話:旅の始まり 後編

 セクバニア騎士団が納める国から西へ朝から日が暮れるまで歩くとセクバニア騎士団国の防衛を兼ねた関所がそびえ立っている。
 それは関所というにはあまりに大きいが、要塞というにはこじんまりとしている。
 よくある荷馬車を引き、タタラ、ローゼン、ミレハの3人は商人として城門を潜った。
「見て見てお父様!大きいねっ」
「本当だね。お父さんでも届かないなぁ・・・」
 ミレハがぱぁっと目を光らせる。
 関所に興味を持つ女の子は珍しいな、とタタラは小声で呟く。
「いッ!?」
 手綱を引くタタラの左足に激痛が走るもミレハの前で声を上げては驚かせてしまうため、タタラは口を閉じて痛みを堪えた。
 力のかかった箇所はほんの一部。
 よほど接触面の小さいもので踏まれたのだろう。
 タタラは右隣にいる高いヒールブーツを履いている魔女を一瞬だけ見ると後ろにいるミレハに声をかける。
「ミレハはああいう建物が好きなのかい?」
「うん!でもそこで戦っている騎士さんたちが好き!だってお国のために頑張ってるんだもん!」
「ミレハは偉いな。一人一人をよく見ている。さすがは私の娘だ」
 ローゼンがミレハの頭を優しく撫でるとミレハは心地よさそうに目を閉じ、口元が自然と綻ばせた。
「でも一番かっこいいのはお父様だよ?」
 タタラは一瞬ドキっとすると娘の優しい気遣いに微笑ましい気持ちになった。
「そんなお父様より強いのが私だがな」
 タタラの気分は最高から最悪へと急降下。
 しかしそれは事実なのでタタラも真っ向きって否定はしない。
「母は強し、ってね。ミレハ、お母さんが支えてくれるから僕は頑張れる。その代わりに僕は君を守るから、ミレハはお母さんの言う事をしっかり聞くようにね」
 はーい、っとタタラの胸元を離れたミレハが元気よく手を上げて満面の笑みで応える。
 もしタタラがそのままの姿で歩いているのなら通りかかる国民が素通りするわけもない。
 ローゼンの幻術が効いている証拠だ。
「惑わしの幻《ダズル》が効いているようだな」
「助かるよ。《《お母さん》》」
 タタラがローゼンへと素直に礼を言えば、照れ隠しなのかローゼンは鼻を鳴らしタタラのほうを見ようとしない。
 その行動にタタラは何も言わずに口元を緩めると手綱を持ったまま馬車を降りてもう片方の手でミレハの手を握り、歩き出す。
 ローゼンは突然歩き出した事にも気づかず何かを待っている様子だったが、暫くしてタタラの目の前に瞬間移動してくると快音と共にタタラの頬は少し腫れた。
「わぁ!お母さんのビンタがクリーンヒットだぁ!」
 ローゼンがタタラにした行動を愉快な声色で実況をするミレハ。
「ふん。女心の分からんやつだ」
 ローゼンは酷く冷たい目でタタラを見るも、タタラはその様子にケラケラと笑い始める。
「わかってるからこそ、今はしないんだよ」
 関所の騎士が荷馬車に止まるように声をかけるのと同時にタタラはぼそっと呟き、ローゼンの返答を待たなかった。
 騎士は真っ直ぐな目でタタラを見る。
「目的地と内容を話せ」
「行商のため、マリエント騎士団国へ向かいます。セクバニア騎士団国の干し肉が向こうで売れるという噂を聞きましてな…」
「証書も間違いない。通ってよし!」
 少し老いた親爺のような喋り方で国王のサイン入りの証書を見せると即座に関所を潜る事が出来た。
「…直筆とバレなくてよかったな」
「そうだね。でも、証書に直筆サインを入れるなんて政治的目的でもなければサインしないから、本物だって思わないでしょ」
 タタラはミレハが騒がないかと心配だったが、空気感は読めるのか黙っていてくれた事にホッとした。
「しかしタタラ、マリエントと言えば連合の最も西だろう?いきなりそんな遠くで大丈夫なのか?ミレハの体調も少しは…」
「大丈夫。寄り道しながら行けばミレハの今後的にもためになるはずだしね。ミレハも色んなところ見て回りたいよね?」
「うんっ!お父様お母様と色々旅行したい!」
 じゃあ決まりだ、と呟くタタラにローゼンはそれ以上何も言わなかった。
 タタラが一度決めたら考えを曲げないと分かっているからだ。
 関所を潜ると3人は再び荷馬車に乗る。
 荷馬車が進むにつれて左の原っぱには羊飼いや放牧中の馬たちが見える。
 右の原っぱには―――軍神直轄の騎士たちの隊列。恐らくは凱旋だろう。
タタラは思う。
 いつ見ても”どこか嫌”だと。
 軍神の直轄騎士団は聡明かつ勇猛果敢な戦士たちとして有名だ。
 その名が連合全土の抑止力になっているのも周知の事実。
 タタラはその名声を素直に認めているし、実力も分かっている。
 分かっているはずなのだがどこか気にくわない。
「…そんな目で見るな。ミレハが不安がるだろう」
 ローゼンのやんわりとした口調にタタラは我に返り、ゆっくり深呼吸した。
「ごめんごめん。僕とした事が…」
 ヘラヘラと笑って誤魔化すタタラは気づかなかった。
 この時、凱旋途中の騎士の一人がタタラたちを酷く歪んだ笑顔で見つめている事に。

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