【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第30話:アステラの街

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【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第30話:アステラの街

 セクバニア騎士団国の領土から西へ3日の野宿を経て辿り着いたのはセクバニア騎士団国連合のアステラ地方における最東端のアスベニ騎士団国。
 東門では東から来る行商の荷の中に違法な物、危険な物が入っていないか検閲を行っている。
タタラたちはその検閲を難なく潜り、アスベニ騎士団国に暫し滞在する事にした。
「これは見事なレンガ造りの町並みだな」
「アステラ地方は粘土や頁岩がよく採れるからね」
「粘土か…ゴーレムにも使えそうだな…」
 すぐさま研究に使おうとするローゼンをタタラは苦笑しながらやんわりと止めた。
その時点からローゼンもタタラも街の人間から視線の冷たさをひしひしと感じ始めている。
「お父様…お母様…なんだか街の人元気ないね?風邪でも引いちゃったの?」
「そうなのかなぁ…だとしたらひとまず宿に行こうか、お母さん」
「そうだな。風邪が移ったら大変だ」
 セクバニア連合に所属する騎士団国には最低でも宿屋の標識だけはつけるようにと義務づけられている。この国が旅人に優しいと感じさせる事でそれが外国で噂話になれば自然と外交の数は増える。外交による収益の増加を促す意味合いがあるのだ。
 大きい騎士団国は宿屋だけでなく、鍛冶屋、服飾関係から市場など店ごとに標識が飾られていたりもする。
 アスベニ騎士団国の土地はそこまで大きくないため宿屋の標識だけで事足りるのだろう。
 メインストリートを歩いて標識に従って左へ曲がるとすぐに一際大きな建物が見える。タタラたちが正面まで行き、馬車を止めて上を見上げるとレンガの壁に宿屋を表すベッドのマークが彩られていた。
 それを見たローゼンが軽くため息をついた。
「これはこれは…随分と大きな標識だな。当ててくれと言っているようなものだ」
「何に!?」
 タタラはコンマ数秒で疑問系のツッコミを投げかけるもローゼンはあたかもタタラがおかしいかのように不思議そうに首を傾げる。
「宿で休んでいる旅人、冒険者的なやつらはここに泊まるのだろう?」
 タタラは頷き、ローゼンを見る。
「つまりここを破壊すれば旅人の息の根を止める事も可能なわけで。人が仮にいなくとも休息の場を奪う事で敵対勢力にはかなり有利な状況を作れるわけだ」
「なるほどね~…って何物騒な事考えてるのさ。この騎士団国はアステラ地方のほぼ中心に位置するし、奇襲をかけられるような重要なモノはここにはないよ」
 タタラが詳しく情勢を伝えるとローゼンは目を閉じて黙った。
「おや、宿屋をご利用で?」
 宿屋から主人らしき人物が顔を出す。
 入り口が妙に大きいのは様々な種族のためだろうか。
 モンバットと並ぶほどの巨体はアスベニ騎士団国でも指折りであるが、観光客や商人、騎士の中には巨体のせいで店に入れない者もいるため、その配慮のようにも見える。
「えぇ、3日ほど野宿をしていたものですからさすがに今日はゆっくり休もうかと」
「そうですか…ではこちらへ。さぞお疲れの事でしょう」
 やんわりとした笑顔で宿屋に隣接する厩舎へと案内してくれる。
「私はこの宿屋で主人やっております、ポリメロスです。老いぼれですがどうぞお見知りおきを」
「いやいや、まだまだ現役でしょう。”崩蹴《ほうしゅう》のポリメロス”」
ポリメロスにはタタラの姿はただのしがない行商人に見えている。しかしタタラが口にした異名を聞くや否や目を丸くしてタタラたちのほうに振り返る。
「旅のお方…どこかでお会いしましたかな…?」
「大丈夫。僕は君をよく知る人間だ。君も僕をよく知っている。詳しくは中で話すよ、こんな公の場じゃ、話せる事は限られていますしね」
タタラの言葉でそれとなく察したのか、ポリメロスは掠れた声で笑うと荷馬車を厩舎に誘導してタタラたちを下ろさせ、しっかりと固定し、隣接扉から宿屋へと入る。
「久しぶりだね、ポリメロスさん」
 扉を閉め切ったタタラが挨拶すると同時にローゼンが幻《ダズル》を解く。
「…タタラくん?!何故ここに…君はセクバニアにいなければいけないのではなかったのかね」
「それが懐かしのアルスレッドに今までいたんですよ。今はセクバニアの情勢が全く分からない状態なので妻と旅をしようかと」
 ローゼンもまた幻術を解き、頭を下げる。
「お、お前は…魔女…!」
「…おや。どこかで会ったか、ご老人」
ポリメロスは警戒し始め、身構える。
「どこかで会ったかじゃと!?ふざけた事を抜かすでない…あれは40年前の事じゃ…儂がセクバニアでまだ旅人じゃった頃―――」
「恐らくその人物は私の母だな。私は生まれてこの方イシュバリア島から出ていないのだ。故にセクバニアは初めてでな。やんちゃな母が大変な粗相をしたのであろう。娘の私がどうこうしたところで決して消えぬ罪であるのは承知だ」
 ローゼンはいつになく真剣な表情で臨戦態勢のポリメロスに頭を下げる。
「…しょうがないのう。瓜二つと言えど、子に親の罪を着せるのはおかしな事じゃ。…その腰の低い態度に免じて水に流そう」
 ポリメロスは腕を組んで何度か頷くがどこか鼻息が荒い。目もこの上なく見開き、ただ一点を見ている。
「瓜二つじゃなぁ…」
 タタラはポリメロスの視線がどこに標準を合わせているかを前もって察していた。
そして恐らく旅人であった頃の―――まだ若かりし頃の彼がローゼンに何をしたのか、容易に想像がついた。
「いや、大きさは母より私のほうが二回り上だな」
タタラはローゼンに対してもはや驚きもツッコミもしない。
長生きが故に、男の何たるかを掌握している彼女に”若造”のタタラが何を言っても仕方のない事なのだ。
「ほう…では今宵、その大きさが本当かどうか」
「それは出来ないな。この瓜二つなるものも、全てはタタラのものだ。誰もがおいそれと触れられるものではない」
「うーむ、実に残念じゃのう―――極上の美女をだ――へぶッ!」
 言葉を最後まで言わせぬようにしたのか、タイミングの問題か、ポリメロスの頭蓋に響くような金物の音が甲高く響く。
「あんた!なに年頃の娘に手出そうとしてんだい!…ごめんなさいね…それとタタラくん、お久しぶり」
 綺麗な翡翠色の羽根を羽ばたかせ、フライパンを手にタタラに笑顔を向ける尖った耳の女性はテテリ・ロンユース。
 ポリメロスの妻であり、ポリメロスと同じくしてタタラのいた王下騎士団の魔術師だったエルフ族。
「お久しぶりです。テテリさん、王下騎士団時代からお変わりないようで」
エルフ族は成人してからの外見年齢にほとんど変わりがないという特徴がある。
 テテリも例外ではなく、タタラが王下騎士団を牽引していた頃から顔は一切変わっていない。
「羨ましい限りじゃのう…わしなんか最初からこの姿じゃと言うのに」
対するポリメロスはオーク族で、この種族は最初から外見が老いているという特徴がある。
 ただエルフ族にもオーク族にも言える事だが、人間族に比べて亜人系統の種族は寿命が遙かに長い。
 人間の平均寿命が60年とするならば、亜人種族の平均寿命は300年と長い。
「…それにしても宿屋に人の気配がありませんね。この騎士団国に何かあったのですか?」
「それが街の北側の鉱山にバケモノが現れたらしくてのう、そのバケモノがレンガの材料である粘土を食料としてしまってレンガの生産が年々低迷しておるんじゃ。だから街の活気も寂れつつある…。儂ならと思いバケモノの寝床の近くまで言ったんじゃが、隠居の身の儂では老人扱いされて前線には出してもらえん。何より―――アスベニ騎士団は高貴な奴らでのう…この国において自分たちより強い人は即座に追放しておるようじゃ…。そのバケモノのせいで街にアスベニ騎士団より強いヒトが来なくなってしまった。おかげで生活がギリギリの始末よ」
 タタラはその場で顎に手を当ててうなり始める。
 そこにワインレッドの尻尾をフリフリを振りながらタタラとローゼンを眺めるミレハ。
「じゃあお父さんとお母さんなら街の人たちを助けられるんじゃないの?」
「ミレハ…それは僕たちでも―――」
 出来ないと言おうとしたタタラを遮るようにローゼンがミレハを抱き上げる。
「いや、名案だ。私がバケモノをどうにかする。代わりにタタラお前は騎士団をどうにかしてこい」
「じゃが強い事が分かれば貴方方でも追放―――」
 ポリメロスはローゼンに反対する。
 それでは休む暇もなくなってしまう、と。
「追放される前に問題を解決したらいいだけの事じゃないか。プライドだけの貧弱騎士団は更正させればいいし、あんな良い素材を食べる不届き者は倒せばいい」
 ニタッと笑うローゼンにポリメロスもテテリも戦慄とも言える衝撃に開いた口が暫く閉じなかったのだった。