【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 第31話:看板娘

【長編小説】妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序-

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―――宿屋の食堂。
ここは宿泊客じゃなくても利用できるランチタイムとディナータイムが存在する。
昼間は喫茶店、夜は酒場と化すこの食堂はランチタイムの現在、ここ数年で一番の賑わいだ。
一見年老いたオーク族と若々しいエルフ族夫婦だけの落ち着いた雰囲気が通常の食堂だが、食事をしている旅人や街の人間は顔を緩ませて一人の半獣狐族の娘を眺めている。
「お待たせしましたぁ…ホットサンドセットですっ」
「おぉ…ミレハちゃんありがとね。偉いなぁ」
「えへへ…ありがとうおじさん!え、えっと…ごゆっくりどうぞっ」
名前をミレハ。狐族にしては珍しいワインレッドの毛色をした娘だ。
旅人の男から頭を撫でられ、嬉しそうに尻尾を振ると思い出したように頭を下げてホールの端へ下がる。
「ミレちゃん凄いねぇ…こういう事初めてじゃないのかい?」
そう厨房から話しかけるのは翡翠色の羽根を背中に収めているエルフ族のテテリだ。
「うんっ、初めて!でもヒトと話すのは好きだし、皆優しいから」
「初めてで上等な接客じゃ…客がこんなに増えたのもミレハちゃんの笑顔があってこそじゃなぁ」
「ありがとうポリメロスさん!私、役に立てて嬉しい!」
そうこう話していると再び客から呼びかけがある。
「はーいただいまー!それじゃあ行ってきますっ!」
ポリメロスとテテリに頭を下げるとミレハはニコニコしながら呼ばれたほうへと向かう。
「エール5つですね!待っててねおじさん達」
注文を受けるとミレハはテテリに教わった通りにエール樽から一杯ずつ樽形のコップにつぐと5つをお盆に乗せてゆっくりと運んでいく。
「お待たせしましたぁ…っとっと…おじさんありがとう」
「5つ一気には重かったろうに…ありがとうよミレハちゃん。ほら、お前らもお礼言っておけ。こんなに可愛い子が一生懸命運んでくれてんだからよ」
エールを頼んだ席の騎士一人が後ろに倒れそうになるミレハの背中を支え、同時に仲間に対して空気が悪くならない程度で叱責する。
その仲間たちも酔いで顔を真っ赤にしながらにんまりとミレハに笑顔を送っている。
「しかしタタラくんはもとい、ローゼンちゃんの発想には驚いた。まさか娘と夫を釣り餌に使うとはのう…」
食堂にこれだけの客がいるのは何もミレハ目当てだけではない。
食堂のすぐ目の前の広場では”僕を倒せたら金貨100枚”という立て看板の前に立っているタタラの姿がある。
タタラの前には数人の挑戦者が並び、今か今かと待ち受けている。
タタラの後ろには今の今までに勝負で負けた者たちが野次馬となって挑戦者各位を応援している。
「確かにこの手段ならアスベニ騎士団を誘き出す事が可能じゃな…はー。若いモンの考えには毎度毎度驚かされるわい」
ポリメロスが独り言を呟いている間にまた一人、タタラの前に降伏宣言をして後ろへと下がる。
「ま、これもタタラくんの実力あっての事。騎士の中でタタラくんに並ぶとすれば軍神マルスかセクバニア地方以外を治める3人の騎士団長くらいだろうねぇ」
ポリメロスの横に座るテテリ。厨房の仕事が落ち着いてきたのだろう。
ポリメロスと共に外の様子を眺め始める。
「以前は剣一本、今はバトルメイスと盾かい。タタラくんは相変わらず器用だねぇ」
「さすがは儂らの団長ってところじゃな」
振りかざされる斧を盾で受け流し、体を捻り、バトルメイスを振り上げる。
横腹へと打ち込まれ、鎧は部分的に崩壊する。
いつもより少ない魔力で編み上げた盾とメイスのため、人体への威力は少ない。
それでも今集まっている一般騎士が気絶するほどの威力に違いはない。
「強すぎる…今ので20人目だぞ…」
タタラに敗北した騎士達がガヤガヤし始める。
「さ。次は誰かな?」
どよめく騎士達。
そこへ5人の騎士がやってきて、他の4人から赤い鎧の男が一歩前に出た。
「金貨に興味はないが我々と手合わせしないか。旅の者」
「アスベニ騎士団だ…早く頭を下げろ!」
後ろの騎士の囁きを無視してタタラは彼らを凝視する。
対して街の人々は一斉に頭を下げる。
なんたる絶対君主。
タタラは唇に隠された奥歯をグッと食いしばる。
怒りを表情には出さず、彼らの事を見る。
「いいよ。でもせっかくこの騎士団国の最強が来てくれたんだ。もっと広くて街のヒトに迷惑にならないところへ行こう。騎士団国の北門から1キロ進んだ平野とかはどうかな」
「なかなかウチに詳しいじゃないか。それでいいだろう」
要件だけ話すとアスベニ騎士団は北門のほうへと向かっていく。
「ア、アンタ何やべぇ事してくれてんの!あれじゃあアスベニ騎士団に追放されるどころか死罪確定だぜ?」
タタラに負けた騎士の一人がタタラの肩を掴み、自分の方へと振り向かせる。
不安がる表情、声、空気がタタラを包み込む。
この時に一番マシな言葉を少し模索すると直ぐさまに閃いた。
「大丈夫だよ。《《僕は強いからね》》」
「何を言って―――あんたどこに行く気だよ!」
タタラは肩を振り払い、北門へと歩いていく。
騎士の質問に今度は振り返らず、体の内側に煮えたぎる熱い気持ちを秘めたまま、こう答えた。

―――君たちの尊厳を取り戻しに行ってくる。